去る2017年10月4日、私は千葉県木更津市の八剱八幡神社(やつるぎはちまんじんじゃ)に行って来ました。

八剱八幡にはご縁があり、時々参拝するのです。

一応、忘備録として残しておきます。

 

 

「スサノオ秘剣の旅」とは何か?

私の神剣にチャージされているスサノオノミコトのエネルギーを、各土地、各都市、各神社に降ろして行くミッションです。

初めからご覧になりたい方は・・・スサノオ秘剣の旅「石上布都魂神社」へどうぞ。

八剱八幡神社(やつるぎはちまんじんじゃ)

八剱八幡神社の祭神は

  • 誉田別命(ホンダワケノミコト)
  • 息長足姫命(オキナガタラシヒメ) =神功皇后
  • 足仲彦命(タラシナカツヒコ)=仲哀天皇

相殿は

  • 素盞鳴命(スサノオノミコト)
  • 日本武尊(ヤマトタケル)

となっています。

木更津の八剱八幡神社は元々スサノオを祭っていた!

今調べていてわかったのですが、八劔八幡神社は元々「八釼神」として素盞嗚尊(スサノオノミコト)を祭っていたようです。

その後、

  • 日本武尊(ヤマトタケル)
  • 誉田別命(ホンダワケノミコト)
  • 息長足姫命(オキナガタラシヒメ) =神功皇后
  • 足仲彦命(タラシナカツヒコ)=仲哀天皇

を祭ったというわけです。

※後述しますが、日本武尊は木更津と「ある縁」があったからです。

(郷社)八劔八幡神社

君津郡(舊望陀郡)木更津町大字木更津字八幡町に在り、境内六百七十五坪、祭神は誉田別尊・足仲彦尊・息長帯姫尊にして相殿に素盞嗚尊・日本武尊を合祀す。

社傳に云ふ、もと八釼神と称し單に素盞嗚尊を祀る、故に此の地を八剱里と称せり、日本武尊東征の時亡妃橘姫を懐ひて歌を賦し此の地に淹留して去り給ふこと能はず、故に後人尊をも合祀す、中世に至りて誉田別尊以下三神を合祀し改めて八釼八幡宮と号すと。

天正十九年十一月徳川家康社領三石を寄附す、明治四年七月郷社に列せらる、神寶に古銅鳥一隻を蔵す、傳へて徳川家康の納むる所と爲す、境内末社十座あり。明治三十九年十二月月幣饌料供進指定。(「稿本千葉県誌」より)

八劔八幡神社|木更津市富士見の神社

スサノオと「八」

スサノオには、八雲、八剱、八重垣、八岐大蛇など、「八」と言う数字がついてまわります。

8は無限記号を縦にした数字であり、天と地の交流を表す数字とも言えます。

私は、スサノオとは天と地を繋げる役割をする神なのではないかと考えています。

その際、スサノオは剣を使うのでしょう。

ちなみに、不動明王も剣を持っています。

 

「不動明王 ・松久宗林作」(仏像ワールド)

爽やかな武人の波動あり

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剣を振ると「ヤツルギ」と言う力強いコトダマが聴こえた。

八剱とは何を示すのかはわからないが、やはり武人の波動があると思う。

スサノオの波動。

※後から、八劔八幡神社のそもそもの祭神は、スサノオだったことがわかった。

證誠寺

證誠寺(しょうじょうじ)は、浄土真宗本願寺派に属する寺院です。「狸囃子(たぬきばやし)」で有名ですね。

※昔は本当に狸を飼っていたはずですが、今はいません。

この場は昼間でも薄暗く、何度来ても気持ちが晴れないと言う印象があります。ですので、剣で浄化することにします。

 

タヌキたちが喜んでくれた・・・

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剣を振ると、「何事か?」とキョトンとしているタヌキたちが見えた。

その後、すぐに「ワーッ」と喜んでくれているイメージが来た。

木更津があまりに寂れていて、元気がなかったタヌキたちだったようだが、私の「応援のエネルギー」を素直に喜んでくれていたように感じた。

日本武尊と弟橘姫

しかし、木更津の寂れっぷりは哀しいものがあります。
昔は港町として活気があったのに、今はほとんど「何もない」と言った感じ。

この寂しい波動の元は何なのだろう?

 

神話伝説の波動を浄化

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伝説では、日本武尊の妻である弟橘姫(オトタチバナヒメ)が東京湾に身を投げたことになっている。荒れた海を鎮め、日本武尊を救うためである。

木更津の地名は、亡き弟橘姫を偲んで日本武尊が詠んだ「君去らず(きみさらず)」から来ていると言う。

木更津には、この哀しい波動がずっと覆いかぶさっていたのではないか?と私は直観した。

もちろん伝説が事実かどうかはわからない。しかし、そのような伝説があれば、その波動にその土地は影響される。

私は木更津の港に通じる潮だまりに向かって剣を振った。

非常に難しい案件で難儀したが、最終的に波動が明るくなった感じがあった。

これから木更津がどう変わるかが楽しみだ。