私は、去る8月18日、秋田県大仙市にある「唐松神社(からまつじんじゃ)」に行ってきました。

この神社は色々と謎が多く、まだ記事を書いてませんでした。

ですが、忘れないうちに忘備録として残しておきます。

その後に参拝した「東湖八坂神社」「八龍神社」「大潟神社」は記事にしています。

 

物部氏の謎

秋田県大仙市の「唐松神社」は物部氏の神社と言われています。

物部氏は謎の多い豪族です。

物部氏のことだけで、1冊どころか100冊の本ができてしまうのではないでしょうか?

 

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物部氏はニギハヤヒの子孫?

物部氏と言うと、普通・・・

  • 大和朝廷で権力を振るっていた
  • 蘇我氏との争いに敗れた
  • 最終的に歴史の表舞台から消えた

・・・くらいの認識しかないかもしれません。

しかし、物部氏は、

  • 饒速日(ニギハヤヒ)の子孫(臣下だと言う説もあり)
  • 天皇家の祭事をつかさどっていた

・・・などと言われています。

ニギハヤヒはヤマト王国の王だったと言われていますし、また、天皇家の祭事を司っていたとは普通ではありません。

物部氏は、日本の歴史において、重要なカギを握る謎の氏族と言えそうです。

饒速日(ニギハヤヒ)とは?

日本書記では、物部氏はニギハヤヒの子孫とされているようです。

ニギハヤヒも謎の多い人物です。

ニギハヤヒはスサノオの子であり、神武天皇より先にヤマトを治めていた王だったと言われています。

また、『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』によると、ニギハヤヒは天皇家の祖神であるニニギノミコトの兄だとされているようです。

 

『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』は、平安時代に書かれたとされる歴史書です。

天地開闢から推古天皇までの歴史が書かれているようです。

「偽書だ」「いや本物だ」と論争を巻き起こした奇書です。

物部氏は天皇家と同じ系列?

  • 物部氏の祖神はニギハヤヒである
  • ニギハヤヒは天皇家の祖神であるニニギノミコトの兄である

・・・上記が、もし事実であるとするならば、物部氏は天皇家と同じ流れの由緒を持つことになります。

※物部氏はニギハヤヒノミコトの子孫ではなく、臣下に過ぎないと言う説もあります。

いったい真実はどうなっているのでしょうか?

十種の神宝(とぐさのかんだから)

「物部文書」によると、ニギハヤヒは秋田と山形の県境にある鳥海山に天降りしたそうです。

そして唐松岳に「日の宮」を作り、大神や国ツ神を祀ったと言われています。

ニギハヤヒとともにこの地に天降りした秋田物部氏は、「十種の神宝」などの祭式、医術、占いなどを通して、現地に融合していったようです。

十種の神宝(とぐさのかんだから)とは?

ニギハヤヒが、天神より授けられたと言われる神器です。

秘密の呪文とその魔力を発動するアイテムと言ったところでしょうか。

悪霊を祓ったり、死者を蘇らせたりすることもできるようです。

ニギハヤヒは、この「十種の神宝」を、天皇家の初代である神武天皇に献上したとされています。

物部文書とは?

物部文書とは秋田県の唐松神社に代々伝わる古史古伝です。

古史古伝の中で唯一未公開のものと言われています。

それを閲覧した進藤孝一氏が、1984年に秋田「物部文書」伝承と言う本を書いています。

秋田県大仙市「唐松神社」

・・・謎は謎として、

とりあえず、唐松神社に参拝します。

参道には、樹齢300年と言われる大きな杉がそびえ立っています。

 

狛犬君です。
なかなか厳しい顔をしています。

 

ところどころに龍の石像があります。

唐松神社は「龍=蛇神」と関係が深いようですね。

 

唐松神社の拝殿です。

なぜか下ったところにあります。めずらしい配置です。

 

なぜ、唐松神社はこのような配置になったのか?

説が二つあるようです。

1.殿様の腹いせ?

この地を治めていた佐竹義処(よしずみ)公が、乗馬したまま唐松神社を通り過ぎようとしたところ、落馬してしまったそうです。(本来は下馬して通らねばならなかった)

そこで、(腹に据えかねた)佐竹氏は一段下がった場所に唐松神社を立て替えさせたそうです。

2.政治的な配慮?

唐松神社は、昔はとても大きい神社で、この一帯を社地にしていたようです。

しかし、江戸時代に神主が殿様に逆らったので、神社を解体されてしまいました。

ですが、狭竹物部の流れを汲む常陸国の佐竹氏が秋田の藩主になりました。

その佐竹氏の力により神社を再建することができたようです。

(その際、政治的な配慮により、一段下がった場所に再建することになったのではないでしょうか?)

 

Miracle DiceMiracle Dice

・・・私は「2」の説の方が信ぴょう性があるように思います。

祭神

祭神は

  • 軻遇突命(かぐつちのみこと)
  • 息気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
  • 豊宇気姫命(とようけひめのみこと)
  • 高皇魂命(たかみむすびのみこと)
  • 神皇魂命(かみむすびのみこと)

・・・です。

軻遇突命(かぐつちのみこと)は、火之迦具土神とも呼ばれ、イザナミとイザナミの間に生まれた「火の神様」です。

・・・なぜここに祀られているのかは疑問です。

※饒速日=軻遇突命と言う説もあるようです。

唐松神社に参拝

さっそく唐松神社に参拝し、瞑想しました。

 

しかし、今一つ釈然としない波動があります。

この場ではラチが開きません。

・・・ふと「元宮に来い」と言われているように思いました。

そこで何かを教えて頂けるのではないかと感じました。

ですので、唐松岳にある元宮へ行くことにします。

天日宮(あめのひのみや)

元宮にゆく前に、同じ社領にある天日宮(あめのひのみや)と呼ばれる神社に参拝します。

同心円状に石を積んだ土台に神社が乗っています。

実に不思議な配置です。

龍の出現

剣技を奉納し、瞑想しました。

すると、この神社の中心から龍が上空に一直線に駆け上がってゆくビジョンが見えました。

改めて思えば、龍がこれほど明確に出現する神社というのも珍しいです。

※後から確認しましたが、この神社は、龍や蛇を非常に大事にしているらしいです。

三輪山の神=ニギハヤヒ

巫女さんによると、こここそが物部氏の神社なのだそうです。

なぜ、唐松神社と別にこの神社を作ったのでしょうか?

この配置は、蛇のトグロの頂点に神社があるように見えます。

おそらく、奈良の三輪山を模して作ったのではないでしょうか?

三輪山の神は、蛇神であるとか、ニギハヤヒであるとか言われています。

ですので、やはり、ここで三輪山を模し、物部氏の祖であるニギハヤヒを祀ったのではないでしょうか。

唐松神社元宮

では、もともと唐松神社があったとされる元宮へ参拝しにゆきます。

 

唐松岳を登ってゆきます。

途中、道に草がぼうぼうと生えており歩きづらかったです。

だんだんと波動がキツくなってきます。

途中の石碑に、ここ一帯は元古戦場だったと書いてありました。

なんだか「隠れ里」のような場所です。

 

元宮に到着しました。

・・・山小屋のようになっています。

武士(もののふ)たちのビジョン

元宮に剣技を奉納し、瞑想しました。

戦さの波動でしょうか?「断末魔」のイメージが浮かびました。

また、武士(もののふ)たちのビジョンがぼんやりと浮かんできました。

畏れながらも、その波動を浄化しつつ、山全体を浄化しました。

最終的には、山全体にエネルギーが鎮まるのを感じました。

祝詞を授かる

私は、唐松神社で「元宮まで来い」と言われ、そして、何かを教えて頂けるような気がして、ここまで来ました。

そこで、「何を教えて頂けるのですか?」とお伺いしました。

すると、ある祝詞が浮かびました。

それは、私も知っている言霊でした。

この祝詞には、何らかのエネルギーを引き起こす力があるのでしょう。

大事に唱えさせていただき、その力を検証させていただくことにします。

空に龍が出現!?

山を降りると、同行者が「空に龍が出てる」と教えてくれました。

 

・・・確かに、龍体のようです。

唐松神社の龍のパワーが解放されたか?

あるいは、龍が歓迎してくれたのか?

・・・わかりません。

ただ、この後、金足農業高校が夏の甲子園の決勝まで進出することになります。

私は、金農の大活躍に「龍神の応援エネルギー」を感じました。

 

金農のフィーバーは日本を変える「秘儀」だった!?

まとめ

ニギハヤヒの子孫とされ、ヤマト朝廷で大きな力を振るいながらも、最終的には、歴史の表舞台から消えてしまった謎の物部氏。

・・・結局、物部氏に関しては何もわかりませんでした。

しかし、神社で龍のビジョンが見えたり、空に龍雲が出現したことを考えると、

物部氏は「龍」に関係する氏族なのかもしれませんね。

今後も考察を続けてゆきたいと思います。